忍足侑士とが付き合っている。



そんな驚天動地なニュースが氷帝を駆け抜けたのは今日のことだが、その広がりようは凄まじいもので、二限の休み時間の時点で、既に校内はその噂でもちきりのようだった。
本来この手の噂は本人達が即座に否定するし、人気も絶大の氷帝テニス部レギュラー陣にまつわる色恋沙汰は、ファンクラブの手によってその噂が蔓延るのは防がれるため(実際ほとんどのファンクラブの条例で制定されている)あまり蔓延はしない。
だからある意味今回は異例であった。考えられる要因は以下の通り。

要因一、氷帝の天才と名高い忍足侑士関連の噂である。
要因二、当事者達が本当の恋人のように振る舞っている。
要因三、驚くことに、当事者達がその噂を肯定。

そして最大の要因。
あの忍足侑士とあのという組み合わせ。

忍足侑士ファンクラブの会員が涙を流し、一般人も狂気と形容するにふさわしい様子で二人に詰め寄っているが、忍足氏は「あー俺ら今日付き合い始めてん。いわば新婚のようなもんやから邪魔せんでもらいたいんやけど。堪忍な。」と堂々と公言し、氏も頬を染めながら頷くという仲の良さをアピールした。
その甲斐あってか、他の学年からも二人を一目見ようと教室に押し寄せるも、その甘い雰囲気に割って入ることはできず、今日の氷帝は涙を流す女生徒で溢れかえっている。
今後も我々新聞部はこの二人を追うつもりだ。







強制シンラ








「号外まで出すか普通・・・。」

「あかん。俺もう限界や!!何でファンクラブの可愛い子ぎょうさん泣かしてまでお前みたいのと噂になっとんねん!!」

「何度も言うけどあたしの方が屈辱だからね?」

「俺の方が屈辱やっちゅうねん!!」

「ちょ、大きい声出さないでよ!!周りに会話聞かれたら嘘だってバレるでしょ!?」

「あーほんま信じられへん。俺の輝かしい人生唯一の汚点や。汚点だらけのお前にとっては大したことないんやろけど、俺は繊細やねん!!俺の小鳥のような心臓とお前の毛がはえた心臓一緒にすなよ!?」

「あんた口開くとムカつくことしか言わないわね・・・!!」

「笑えや。バレるで?」

「何で忍足に向けて素敵な笑顔を披露してるんだろう。無駄!!頬の筋肉動かすのに消費したエネルギーは、あたしの脳内乙女ティカ劇場建設のために必要なエネルギーだったんだよ絶対。

「そんなくだらんもん建設せんで済んだんやから俺に感謝すべきやろ。」

「黙れ。乙女ティカ劇場なめると痛い目あうんだからね!?」

「お前は何から何までくだらん奴やなほんま!!」

「駄目人間選手権ディフェンディングチャンピオンの忍足さんには言われたくないですけどー?」

「何処で開催されとんねんその残念な大会は。」

「主に脳内カーニバル。超リオデジャネイロみたいな?

「ハァ・・・。時間の無駄や。」

「うっさい。」


暫しの沈黙。


「ねー忍足?」

「何や。」

「10分休みってこんな長かったっけ?」

「同感。」

「ギャラリー増えてるね。いっそのこと見物料でも設ける?」

「1人50円程度ならとれるんちゃう?」

「今まで来た人数×50円でしょ?中々の金額じゃない?」

さんあたりなら仕切ってくれそうやなぁ。今日休みやけど。」

「そうだ!!」

「お前は友達の欠席も把握してへんのかいな。さんに言ったろ。」

「違うよ!!明日『何であたしがいない内に面白いことになってんのよ。』ってキレられるんだよ絶対!!!

「散々やなー。」

「ケラケラ笑ってんじゃないわよ!!あーもう本当どうしよう。」

「お前の足りひん脳みそでいくら考えたって無駄やって。」

「ちょっと黙っててくれない!?つーかあんた頭だけは良いんだから何か考えなさいよ!!」

「顔も性格も良いっちゅうねん。氷帝の天才やで?」

「このままじゃにどうにかされちゃうよあたし・・・!!いっそのこと早退して、今からの家にお見舞い行く?」

「それだけは俺絶対許されへんで。」

「何でよ!!男なら潔く跡部にその身を差し出しなさいよ!!」

「お前何で運命共同体の俺を簡単に差し出すような真似すんねん!!」

「あんたの恐ろしさを知らないからそんなことが言えんのよ!!」

「ほなお前はマジギレ跡部が恐ろしくないんか?」

「・・・どっちへ転んでも地獄だなんて、あたし最近幸薄な気がするんだけど。」

「元から幸薄いやろ。」

「違うよ!!デフォルトとして幸せだよ!!何であたしのキャラ設定ぶち壊すことばっか起こるんだろう。」


あたしの人生って何だろうという物凄く今更な疑問が脳内を駆け巡り始めた時、チャイムが鳴り、ようやく地獄の10分間が終わった。
あたしもうズタズタです・・・!!
こんなに心が荒んだ状態滅多にありません・・・!!
しかも次に待ち構えているのは昼休みです。長い永い昼休みです。
嫌な汗が頬を伝うのですがこれは風邪ということにならないでしょうか。
無理ですか。無理ですよね。

先生が黒板に描く綺麗な円を眺めながら、おにぎしの新しい味とその効用を考え始めるあたし。
えぇ、現実逃避ですが何か?

ごめんなさい新米教師の新田先生。
先生が悪いわけではないんです。
授業が分かりやすいと評判の新田先生。
全て跡部景吾という黒幕のせいなので、奴に喧嘩を売りに行きあたしの幸せをもぎ取ってください。

じっと黒板を見つめていたあたしをやる気満々だと勘違いしたのか、新田先生は「じゃあここはさんにやってもらいましょう。」と微笑んだ。
まだまだ新田先生とは分かりあえそうにありません。

質問の意味すら分からず、顔に薄ら笑いを浮かべ呆然と立ちすくむあたしのもとにメシアが舞い降りた。
メシアっていうかチャイムなんですけども。
学級委員長の「起立」という声がして、授業は終わった。
ほっと安堵すると同時に廊下から聞こえてきたのはお嬢様方の黄色い声。
懲りなく群がる観衆がサッと道を作り、そして次に聞こえてきたのは物凄く聞き覚えのある声だった。

顔を向けると、今ならミスター顔面蒼白を名乗れそうな長太郎と心底どうでもよさそうな顔をした日吉がドアの所に立っていた。
長太郎に腕を掴まれてるあたり、きっと無理矢理連れて来られたんだろうなぁ。
仮にも先輩の教室という場所に遠慮なくズカズカ乗り込んでくるなんて、伊達に2年で氷帝レギュラーはってないよね。
やっぱそのくらいの度胸がないとこの無神経集団ではやってけないよ。
感心してるあたしをよそに、2人は迷いもなく近付いてくる。
あたしと忍足は目を合わせ、乾いた笑いを漏らした。

そういえばあの日、2年生は学年集会だとかでいなかったんだよなぁ・・・。


「忍足さん!!先輩!!付き合ってるって本当なんですか!?」

「・・・随分と直球だね。」


「お前らいつの間にそういうことになってたんだよー。」

「聞いた時は激ビビったぜ。」

「まさか忍足とがな。」

「良かったね2人共。」



順に岳人、宍戸、跡部、ジロちゃん。
・・・どこから湧きましたか貴様ら・・・!!


「本当はすぐにでも先輩達のクラスに行きたかったんですけど、向日さんから『行くんなら昼休みにしろ。』ってメールが入ってて、それで日吉と来たんです。」

「岳人・・・!!」

「そんなことより本当なんだよな?やっぱ本人から話聞かねーと。」


絶対こいつら楽しんでる・・・!!
理由を知らない2年生に質問されて、あたしと忍足が超絶不愉快な単語を発するのを聞いて爆笑する気だよ!!
普段は跡部が集合かけても暫く経たないと揃わないくせに、何でこういう時ばっかり無駄に協調性があるのよ!!
可笑しさがとまらないようで、にやにやしながら傍観してくる4人の顔面に一発ずつ右ストレートをぶちかましてやりたいです。
横に座ってる忍足を見ると、あたしと同じ気持ちなのか拳がふるえている。


「どうなんだよ?」


どうしてもあたし達の口からそれを言わせたいらしく、再度確認する宍戸。
ほんと覚えてろお前ら・・・!!


「ほ、本当だよ?超事実だよ?ねぇ忍足?」

「あーほんまや。事実や。なぁ?」

「先輩達が・・・!!」


下唇を噛み締め怒りと屈辱に震えるあたし達を見て、笑い転げまわるバカ4人組。
落ちつけー。ここでキレたら奴らの思うがままよあたし。
落ちつけー。超落ちつけあたしー。


「ほら言ったろ鳳。俺もう帰るぞ。」

「それでEーの日吉?」

「俺は最初から忍足さんと先輩がどうなろうと知ったこっちゃないんですよ。鳳に連れてこられただけですから。」

「ノリ悪いぞ日吉!!」

「大体この2人がそんな関係になるなんて有り得ないでしょう。先輩達の反応から察するに罰ゲームか何かですか?」


日吉・・・!!
長太郎がすごいテンパってるけど、今凄い良いこと言ったよあんた。あたしの中で日吉のランキングが急上昇したよ。今度から日吉には贔屓しよう。
そうだよ!!罰ゲーム以外で、こんな不愉快なことがあるはずないよ。
そこらへんよく分かってる日吉って偉い。
感動を言葉に現そうと「日吉大好き。」と言ったら、眉を潜めて露骨に嫌な顔をされました。

裏切られた・・・!!


「・・・彼氏の前で他の男にそんなこと言うんか?」

「・・・は?」


唐突に。 ものすごく唐突に。
忍足が口を開いた。


「は?やないで。の彼氏は俺やろ?が好きなんは俺やろ?」


そう言ってあたしを抱き締める忍足。
あたしは忍足の腕の中でした。

今思うと、あたしは何と浅はかだったんだろうと思います。
忍足の罠に違いないのに。あたしをハメようとしてるとしか考えられないのに。
でもやっぱり生理的に耐えられなかったんだよね。
気付いたら忍足に渾身の力で頭突きをくらわせ、堅く結ばれた拳を忍足の顎に向けて繰り出しておりました。

ガッシャーンという机の派手な音と、ドスンという人が床に倒れる音。
そしてあたしを見上げてニヤと笑った忍足を見て、あたしは自分のしでかしてしまったことの大きさと、これから待ち受けている地獄を理解し、教室の外に飛び出しておりました。









「どこ行くんだよ。」


教室の外に飛び出しておりました。心だけは。

実際は違ったようです。
あたしが走り出した瞬間、床にひれ伏している忍足に足首を掴まれました。

ここで問題です。
全力ダッシュしてる人の足首を掴んだらどうなるでしょうか。

そうですよね。顔面を床に打ちつけますよね。

例外なく、あたしはバタンという音を立てて床に倒れた。


「今すげぇ音したぞ?」

先輩、大丈夫ですか!?」

「あんったねぇ・・・!!」

「意外と足首細いんやな、。」

「今更誉めたって無駄よ!!あとちょっとで鼻骨打ちつけるとこだったでしょ!?」

「意外と足首細いって誉め言葉なの?」

先輩は誉められ慣れてないから、そこらへんの識別ができないんですよ。」

「あ、そっか。日吉頭Eーね!!」

「うっさいわよ!!そういうのはもっとこそこそやってくれない!?」

「何でこそこそしなきゃいけないんですか。事実を説明することが疚しいことだと俺は思いません。

「えーそうよ。事実よ。どうせあたしは誉められ慣れてませんよーだ!!」

「・・・お前論点ズレてるぞ。」

「あんたらがあたしを誉めないからでしょ!?もっとあたしを誉めてよ!!!


机をバンバンと叩き叫ぶに、困惑する氷帝メイツ。
突拍子がないのはいつものことだが、いきなり無茶なことを要求されても反応しようがない。
顔をしかめた跡部が口を開いた。


。」

「何よ跡部。」

「何かあったのか?」

「・・・どういう意味?」

「いつにも増して思考回路が異常だぞ?」

「異常じゃないよ!!正常だよ!!」

「いや、今日お前何か変だって!!さっき顔面ぶつけた時に神経いかれたんじゃねーの?」

「神経がいかれたとしたら、今日の超絶屈辱罰ゲームのせいだっつーの!!!
そうだ。絶対そうだ。忍足なんかと恋人のふりしなくちゃいけなくて、心をなくすためにあたしは仮面をつけたのよ!!その仮面の副作用で神経が・・・。」

「日本語喋れって何回言わせんだよ!!」

「え、先輩と忍足さんって付き合ってるんじゃないんですか!?」

「長太郎、お前本当に信じてたのかよ!!」

「2人共同じクラスだし、仲良いし、有り得ない話じゃないかなって思うじゃないですか!!

「有り得ない話や!!世界中に俺との2人だけになって、子孫繁栄が望めると思うか!?」

「あんた喩えが不愉快すぎんのよ!!もっとうまい喩えあるでしょ!?」

「ていうか、の子どもにその性格が受け継がれたら不憫だからお前子ども産まないほうがいいんじゃねーの?」

「馬鹿言わないでよ宍戸!!あたし誰よりいい母親になれるっつーの!!」

「その自信はどこから来るんですか。先輩はもっと自己理解に励むべきです。」

「じゃあ言わせて頂くけどね?日吉はあたしのどこを見ていい母親になれないって言うわけ?」

「言っていいんですか?」

「やめときなよ!!何で進んで嫌な気持ちになろうとしてんの!!」

「何で嫌な気持ちになるって決め付けんのよ!!」

「お前日吉に誉められるとでも思ってんのかよ。」

「分かんないじゃん!!諦めたらそこで試合終了だよ?」

。みっちゃんの座は譲らんで?」

「あんたみっちゃんってガラじゃないでしょ!?明らかに木暮くんタイプよ!!もしくは藤真君。ねぇ跡部?」

「俺にくだらない話をふるな。」

「くだらない!?バスケ漫画の最高峰をくだらないですって!?聞き捨てならない!!」

「そこは俺も同感だな。スラダンは永遠に激熱いぜ!!」

「俺ねー晴子さんが好きー!!」

「バカ、男なら彩子さんだろ!!なぁ宍戸?」

「俺は断然晴子さん派だぜ。」

「気合うな宍戸、ジロー。俺も晴子さん派やで。彩子さんは邪道やろ。」

「くそくそ侑士め!!、お前は分かってくれるよな!!」

「ごめん岳人・・・。あたしも晴子さん派なの・・・。」

「あーもーお前らバカだよバカ!!彩子さんの良さが分かんないなんてよ!!スラダン読み返せ!!」


4対1という圧倒的不利な状況下、ヒステリック気味に彩子さんの良さを語りだす岳人に対抗して、宍戸、忍足、ジロー、の4人も負けじと晴子さんの魅力を語りだす。
そしてその5人を1歩離れた場所で見守るというか何と言うか、冷たい眼差しで見つめる2年生。
もの凄くどうでもいい口論が始まった時点で教室に帰ろうとする日吉を連れ戻したり、ここは教室ですよと無駄なことを承知で声をかけてみたりと、長太郎は奮闘していた。
しかし時が経つにつれ、自らの心に湧いてくる諦めの念を無視することは出来ず、長太郎は傍観者という立場に移ったのだった。

ここは教室。いつもの部室ではなく教室。
本来生徒達の明るい笑い声が漏れるはずである昼休みの教室が、こんなにも静まり返ったことがかつてあっただろうか。
ある者は口を開けて。またある者は頬を紅く染めて(会話が耳に入っていないと思われる)未だ止むことのない論争を見つめていた。

そして、ここにも無言の男がいた。
目の前で騒ぐ奴らをじっと見つめている、氷帝学園男子テニス部部長、跡部景吾。
この騒ぎを止められるのは自分しかいないと自負している。
彼は幾度となくこの低レベルな争いを終焉へと導いてきた。そして今回も怒鳴ろうとした。

しかし、気付いたのだ。
今自分が怒り出せば、この場は大人しくなるだろう。
でも本当にそれでいいのだろうか。
他者の手によってではなく、自らの手で争いに終止符を打つことが出来れば、それが最善なのだろうか。
部員を精神的に成長させることも立派な部長の仕事だ。

何故彼がそんなガラにもないことを考えたのかは、誰にも分からない。
しかし彼はそれを実行に移したのだった。

沈黙を守り続けること10分。
もちろんその騒ぎは収まらなかった。収まるはずがなかった。

そして騒ぎの中心に、静かな稲妻が走った。


「てめぇら・・・俺様が下手に出ればいい気になりやがって・・・。」


彼らの大声と比べて、跡部の声は小さかった。
しかし声にこめられた異常なまでの殺気と、跡部自身が放った禍々しいオーラよりさっきまであれほど声を張り上げていた集団が、水を打ったようにおとなしくなった。
あの時跡部を直視出来なかったと後に岳人は語る。
5人は目をあわせ、互いに微笑みあうと教室から飛び出した。


「おい待てコラ!!!」


暴怒した跡部によって追い掛け回された5人がどうなったかは、『跡部の真骨頂』という名の元代々語り継がれていったのであった。



























追記。

あたしが忍足とあんなことやらされる羽目になったのは、理想的なスカートの長さ論争が発展して喧嘩になり、テニスボールを力の限り忍足に投げつけたら、あいつが避けたせいでいつにも増して苛々していた跡部に直撃してしまったからです。
ぐちぐちネチネチ説教され、何故かあたしの成績にまで文句をつけられたので、
「避けられないのが悪いんじゃん。」
「そうやな。跡部も悪いやろ。」

と2人して抗議の声をあげてみたら笑顔でこの刑を追加されました。
あたし最初に謝ったんだよ?きちんとごめんなさい言ったんだよ?
兎に角こんな悪どいことを思いつく人間にあたしは今まで出会ったことがありません。
鬼!!













11177番踏まれた星香さんリクの「忍足ギャグ」です。
忍足ギャグとか言いつつも普段と何ら変わらないとか男らしく見て見ぬふりです(爽)
盛大に遅れて申し訳ありませんでしたー!!!