「違うよー。そういうんじゃなくてもっとさー!」

「お前は抽象的すぎるんや。そんなヒントで分かるわけないやろ」

「そんなんで氷帝の天才名乗ろうなんて図々しいよ」

「うっさいわ」


いつものように何でもない軽口を叩きながら、忍足と部室へ向かう。
今日も今日とて部活です。
正直うんざりです。
日常にも些細な変化が欲しいわけですよ!
同じようで違う明日を探してるんですよ!

うだうだ言いながらドアを開けると、あたしたちの目に信じられない光景が飛び込んできた。










何  か  い  る











あたしは忍足と目をあわせ無言で頷くと、ドアノブに手をかけゆっくりと扉を閉めた。

カチャリ、と控えめな音がして扉が閉まる。


「・・・見たか」

「・・・見たよ」

「・・・彼だったよね」

「・・・奴やったな」


この世のものとは思えないおぞましい光景を目にしたあたしたちは、顔をあわせると言葉少なに目を伏せた。
















































「侑士、、何してんだよ」


しばらく呆然としていたあたし達の前に、宍戸と岳人がやって来た。


「何って・・・なあ」


ようやく焦点が定まってきた目で、忍足がこたえる。

分かる。分かるよ忍足。
この状況を的確に表す言葉は未来永劫現れないと思うもん。


「・・・エマージェンシーやらディザスターやらカタストロフィーやらそんな単語が似合う状況?」


「無理に難しい言葉使うなよ。頭の悪さが漏れてるぞ」


脳内にある単語を並べてみたら、いつのまにか現れた跡部が毒を吐く。

あーあ、うるさいのがきたよ・・・。


「漏れてませーん。何が見えてるんですか跡部さん」


いつものことなので適当に流しつつ、あたしはまたドアに目を向けると、ため息をついた。


「ぼさっと突っ立ってるんじゃねーよ。邪魔だ、どけ」


状況をこれっぽっちも理解してない跡部はあたしを乱暴に押し退けると、部室のドアを開けようとする。


「ちょっと、ダメ、ダメだってば!」


あたしは身を翻して必死でドアを押さえる。
見られちゃいけない!
部室の中の超不思議現象を、よりによって跡部に見せるわけにはいかない!


「・・・何すんだよ」


跡部が整った顔をゆっくりとこちらに向け、超至近距離で睨み付けてくる。
ある程度想像してたことだけど怖いです。
跡部さんガンたれてます。 超怖いです。
ていうか近いです。 きもいです。

不穏な空気を察したのか、それとも単純に興味があるのか(多分後者)宍戸が頭をかきながら仲裁に入ってきた。


「だから何があったんだよ!」

「おい、何かあったのか?」


宍戸の言葉を聞くや否や、跡部があたしの肩をつきとばして宍戸に詰め寄る。
いちいち嫌がらせを忘れないその根性には頭が下がります、ええ。
・・・覚えてろよ。


「それはこっちの台詞だぜ」

「俺らが部室に来たら侑士とがここで立ってたんだよ」

「入ろうとしたら怒るんだよな。激意味分かんねえよ」

「・・・またお前か」


跡部があたしに鋭い視線を投げる。
さすがアイスオブキングとかかっこいいんだかかっこ悪いんだかよく分からない通り名を持ってるだけあるよね。
視線で射殺されそう!


「あたしのせいじゃないから!そういう言いがかりやめて!」

「じゃあ何が起こってるのか説明しろよ!」

「扉1枚隔てて異次元と繋がってんのよ!」


あたしがそう言うと跡部からすぐさま手刀が入る。


「いったあああああい!!!何でそうすぐ女子に手をあげるの!!!馬鹿なの!?あんた馬鹿なの!?痛い!!頭痛い!!」

「うるせえ!馬鹿はお前だろうが!次に日本語以外の言語話したら広辞苑で躊躇なくぶっ飛ばすからな!」

「何爽やかに殺人宣言してんのよ・・・ってドア開けちゃだめえええええ!!!」

「跡部あかん!!!それだけはあかん!!!」

「うるせえって言ってんだろ!!!」


あたし達の必死の制止もむなしく跡部がパンドラの匣を勢いよく開けた。


「ああ、もう・・・」

「もう終わりや、何もかも終わりや・・・」


顔を覆って膝をつくあたし達には目もくれず、みんなは部室を覗き込んだ。


「・・・」

「これ・・・」

「・・・おい、」


予想通りと言うべきか、絶句する面々。
跡部はその物体から目を話さず、低い声であたしを呼ぶ。


「・・・何」

「これは何だ」

「そんなのこっちが聞きたいわよ!」

「どうせお前が関わってんだろ!」

「関わってないよ!言いがかりつけるのやめてって言ってるでしょ!?」

「じゃあどう説明すんだよ!安らかな顔で大型犬と添い寝してる日吉を!!!」


臆することなく忌々しい単語を発する跡部に軽く感動しつつ、再びゆっくりと目をやると、やっぱりそこには大型犬と寝ている日吉がいた。
おお、もう・・・

「まだ若いんだからもっと笑った方がいいよ!」
と、いつも日吉に無責任なことを言っていた自分が恨めしい。
だって、笑顔=可愛いという図式は誰しも持ってるものじゃん。
まさか、まさか笑顔がこんなに似合わない人間がいるなんて・・・!


「俺、こんな口元緩んでる日吉初めて見た・・・」

「日吉ってこんな顔するんですね・・・」

「ごめん、ごめんね日吉!笑いなよとか無理言ってごめんね!」


口々に呟く中、ガサゴソという音が聞こえた。
ふと横を見ると、何かを探して鞄を漁っている岳人の姿が目に入った。
まさかお前・・・!
あたしの中に一抹の不安が広がる。
止めてよー。頼むから止めてよー。 そんなことはしないでよー。


「あったあった!」


にこにこしながら岳人が鞄から取り出したのは、携帯電話。


「まさかとは思うけど、あんたそれで何する気!?」


とりあえず、声をひそめて隣の岳人に聞いてみる。
日吉を起こさないように、いつのまにかひそひそ話になっていることに気付いた。


「何って日吉の写真を撮るに決まってんだろ」


変なことを聞くなよ、と言わんばかりの顔で岳人が答える。

清々しいくらい予想通りですね貴様!!!


「やめなって!!!心霊写真作っても何もいいことないよ!!!」

「お前はいつからそんな保守的になったんだよ!」

「何かよく分かんないけど、あたしが怒られる予感でいっぱいなの!」

「より好都合じゃねーか!邪魔すんな!」

「やめろっつーの!」


岳人から携帯を奪おうと軽い揉み合いになっていると、人間のものではない声がした。

咄嗟に音の発生源に目をやると、毛を黄金色に輝かせたゴールデンレトリバーが、尻尾をふりながら扉の方を見ている。


「あ、ジロー」


扉には、ビスケットを食べながら寝ぼけ眼で部室に入ってくるジロちゃん。
ゴールデンレトリバーはゆっくりジロちゃんに近づくと、手に握られていたビスケットに口を寄せる。
その生温い舌の感触に驚いたのか、ジロちゃんは目を覚ましたようだった。


「え、何で犬がいるの?何で?ねえ跡部何で?お前名前は?ぴゃおでいい?いいよね?ビスケットほしいの?食べる?」


目を輝かせながら凄い勢いで犬を撫でマシンガントークなジロちゃんに、どんな反応をしたらいいのか分からないみたいで、みんな困ったような顔をしている。
そもそも状況説明を求められても、何て話したらいいのかよく分からないよね。
ていうかぴゃおて。










「あ、日吉!ねえ、日吉はそんなとこで何してるの?ねえねえ」


ゴールデンレトリバーに飽きたのか、手を好き勝手舐めさせながら、ジロちゃんが視点を部室の置くに向ける。
核心をつくその質問に、しばらくジロちゃんとゴールデンレトリバーをぼーっと見ていたあたしたちはぎょっとする。
恐る恐る振り返ると、そこには恥ずかしさのためか顔を赤らめうつむいている日吉がいた。







凍りつく、部室








ちら、と跡部を盗み見するも、流石の跡部も何も言えないようで気まずそうな顔をしていた。

あああああああ誰かどうにかしてくれ・・・!
他力本願とかうっさいよ!
謙虚なあたしはこういうとき人に頼るしかないんだよ!しょうがないんだよ!
いつもは空気も読まずぎゃあぎゃあ騒ぎ立てるくせに、何でこういうときだけだんまりなんでしょうかね!
宍戸とか突き抜けて頭が悪いんだから沈黙を破れよ!がんばれよ!









「あの、」









いたたまれなくなったのか、このエマージェンシーの根源日吉が口を開く。


「あの、俺のクラス7限が自習で、それで、部室に来て、そしたら犬がいて、いつのまにか寝てしまって、その・・・」


たどたどしく、うつむきながら話す日吉を見て、心に何かが芽生えた。

だって日吉ですよ!?
全人類を見下したかのように話すあの日吉ですよ!?
日吉の初めて見せるこの態度に、心が揺らがないわけがない。

・・・ギャップ萌えってこわいなあ。



相変わらず日吉はうつむいている。
あたしはいてもたってもいられず、日吉に近付いた。


「・・・何ですか」


慈愛に満ちた目で日吉の肩にぽんと手をおいてみると、物凄い目でがんつけられた。
あれ、さっきまでの可愛い日吉は・・・?

予想外の反応にあたしが一瞬戸惑った隙に、大袈裟すぎる位に手を思いっきり払われる。
あれ?ピシャッって音がしたんだけど?
あれ?あたし先輩なんだけど?
あれ?普通に痛いんだけど?
あれ?手が赤くなってるんだけど?

いや、あたし先輩だし!
ここで怒ったら負けだよね!
日吉は今精神状態がガタガタなんだよね!
そこを優しく包み込むのがミス包容力の敏腕マネージャーだよね!


「大丈夫だよ日吉!つらいことがあったらいつでもあたしに言ってね!」

「それなら今すぐ消えてください」



そうきっぱりと日吉に言い放たれたあたしの肩に、ぽんと数人の手がおかれた。
テニス部なんて嫌いだ・・・