「ねぇ、1番にプールで泳ぎたくない?」

「は?」

「だからプール!!学校のプール!!この暑い中必死で白球を追いかけた後のプールの気持ち良さは天国だよ?」

「誰が白球追いかけてんねん。それ野球やろ。」

「こ、細かいことは気にしない!!ねぇ、泳ぎたくない?」

「そりゃ泳ぎてぇけど、お前何企んでんだよ。」

「・・・あたしが提案したからってすぐ企みと結びつけるのやめてくれない?」

「だって気遣いとかできねーじゃんか。」

「何言ってんの岳人!!あたし気遣いの日々だよ?エブリデイ気遣いだよ?」

「お前がそんな人間らしいこと出来るはずねーだろ。」

優しさが根本的に欠落してる跡部には言われたくない。
あーもう、今は喧嘩してる場合じゃないぞあたし・・・!!そう、それでさー、えーと・・・。」

「はっきり言ってください先輩。」

「非常に言いにくいんだけど・・・。」

「だから何だよ。」

「プール掃除しない・・・?」



   





ハーダリー







「は?」(本日2度目)

「汗水流してプール掃除した後に1番のりで水遊びできるんだよ?幸せなことだと思わない?」

「思わねーよ!!」

「やっぱ企んでんじゃねーかお前。」

「何で俺達がやるの?面倒だCー!!」

「どうせ授業態度が悪い罰か何かでプール掃除するように言いつけられたんでしょう。」

「自業自得ですね。」

「おっまえらは本当に・・・!!」

「図星なんやろ?」

「そうですよー!!監督から言いつけられたんですよー!!手伝ってくれたっていいじゃない!!可愛いマネージャーが困ってんだよ!?」

「何でてめぇのために労力使わなきゃいけねーんだよ。」

「お前なら1人でプール掃除するくらい余裕だろ。」

「余裕なわけあるかー!!!」

「落ち着いてください先輩。何でそういうことになったんですか?」

「えーとね・・・。」


あたしは虚空を見つめ、あまり思い出したくない過去を思いだす。





















音楽の時間が終わった時のこと。
と足早に音楽室を去ろうとしたら、監督に呼びとめられた。


「何ですか監督?」

、お前は和太鼓のテストをまだ受けてないらしいな。」

「え?あぁ、風邪で休んでました。」

「和太鼓のテストをしないと成績がつけられないから、今からテストを行う。」

「え!?今からですか!?」

「何か問題でもあるのか?」

「えーと・・・お腹が空いt「よし、問題はないようだな。」

「・・・。」


そんなこんなで和太鼓の追試を受けることになりました。
正直な話、監督ほど和太鼓の似合わない中年はいないと思う。
だってさ!?スカーフたなびかせながらバチ持って和太鼓叩いてんだよ!?
「ハッ」とかかけ声かけてたりするんだよ!?

・・・音楽室には、おかしさを堪えるのに必死なあたしと、ある意味必死な監督。
周りから見たら、我慢大会開催してるようにしか見えないだろう。

そんな微妙な空気に耐えきれず、あたしは尚和太鼓を続けようとする監督を遮って口を開いた。


「あ、あの、もういいですから!!」

「・・・もういいのか?」


不味い。

・・・どうしよう。日々跡部とやりあってるせいで身についてしまったあたしの自分至上主義の人にだけ通じるレーダーがビンビン反応しております。
・・・これはあれですよー。
まさに自分に酔ってたとこを他人に邪魔されたときの不機嫌オーラです。
どうしよう。どうしよう。今回は監督のご機嫌とりが最優先事項だったのに・・・!!
ほらー。超むすっとしてるからー。
ほっぺとか膨らまされた暁にはあたし倒れてしまいますから。


「ではやってみろ。」

「はい。」


ふぅー、緊張してきた。
実はあたしテニス部のマネージャーになってからというもの、何の因縁かは知らないけれど音楽の成績がふるわない。
まぁ確実に榊太郎の嫌がらせなんですけども。

この前の通知表もらったときに、お母さんから電話がかかってきて、正直なあたしは嘘とかつかないでそのままの成績を教えてしまったのですよ・・・!!
そしたら素敵に怒られました。
えぇ、もう電話口からやたらテンションの高い怒鳴り声が聞こえてらしたからね!?
それで、このまま成績がふるわなかったら次の帰国時のおみやげはないと言われまして。
それは困ります。非常に困ります。
というわけで、数式を眺めていると眠くなるという不治の病を抱えているあたしは、音楽とかそこらへんの教科で点数を稼ぐしかないのです・・・!!

そりゃバチを握る手に汗もかくってもんですよ。
スゥーと息を大きく吸い込んで、あたしは太鼓に向かって力強くバチを繰り広げようとした。

・・・ここで注目して頂きたいのは「繰り広げようとした」ってとこです。
「繰り広げようとした」ってことは、厳密に言うと「まだ繰り広げてはいない」ってことなんですね。
ここらへんが曖昧な表現が豊富な日本語のメリットでもありデメリットですよね・・・。


・・・つまり。
簡潔に申しますと、あたしが握っていたバチを和太鼓に向かって繰り広げようとしたら、そのバチがすべって吹っ飛び、監督のおでこにガッと鈍い音を立ててあたりました。


「・・・!!」

「・・・。」

「すすすすすいません!!大丈夫ですか!?」

「・・・。」

「・・・。」

「私は和太鼓ではない。」

「はい!!それはもう重々承知です!!」

、もういい。行ってよし。」

「よくないです!!ごめんなさい!!本当にすいません!!もう1回だけチャンスをください!!」

「チャンス?和太鼓はもう1回叩かせてやるが、これは大きいぞ?」


おでこを指差しながらそう言う監督。根にもってやがります。


「何でもしますからぁぁぁ!!」

「本当に何でもか?」

「な・・・んでも。・・・。えぇい、何でもやってやらぁ!!」

「では・・・。」


ゴクリと唾を飲むあたし。
監督は、暫し額に手を当て「考える人」のようになってから、口を開いた。


「プール掃除をしてもらう。」

「は?」

「は?ではない。プール掃除だ。」

「何でプール掃除なんですか?」

「我が校のプール掃除は、毎年運動部が交代でやっているというのは知っているな?それが、今年はテニス部の番なのだ。
1年生にやってもらおうと思ったが、も立派なテニス部の一員だしな。早速今日の放課後頼んだぞ。」

「任せてください!!」













空を見つめながらポツリポツリと経緯を話し終え、あたしはゆっくり皆の方に向き直った。


「そういうわけでプール掃除手伝って「断る。」

「・・・せめて最後まで言わせてよ!!」

「結局お前が悪いんじゃねーかよ。」

「まぁそこを否定はしないね。」

「追い詰められると開き直るその癖治せや。」

「とにかくお願いします!!本当にお願いします!!」


今までこいつらにこんなに頭下げたことないって位深く深く頭を低くして懇願するあたし。
誠意が伝わるように・・・!!心はこもってなくても態度で表せばいいんです。


「頭上げてください先輩。」

「・・・じゃぁ長太郎手伝ってくれる?」

「はい。可哀想な人を見捨ててはいけないって小さい頃から言われてるんで。


「・・・。」

「あーあ、鳳お前・・・。」

「え、俺何か悪いこと言いましたか!?」


1人アタフタする長太郎。
そしてそれ以上に心の動揺を隠し切れないあたし。
可哀想って。可哀想って・・・!!
一体この少年の瞳にあたしはどんな風に映っていたのでしょうか?

あまりにもあたしの心のガタガタ具合がよみとれたのか・・・。
まず宍戸が、それから岳人が「手伝ってやるよ。」と非常に微妙極まりない笑顔で手伝いを表明してくれました。
続いて忍足、日吉。
これまた微妙な笑顔を浮かべてらっしゃいます。

そして。
残るは氷帝のマリー・アントワネットこと跡部景吾。
確認までに言っておくと「人のため」という単語が大嫌い。
史上最も自分至上主義な男。
性格の悪さは天下一品で、無駄にフェロモンを撒き散らしてその毒牙にやられる女も多いとか。
そんな外見だけ美化されたジャイアンのような男、跡部景吾。

えーと・・・何が言いたいのかというと、そんな自分大好きな男があたしの肩をポンと叩き「手伝ってやるよ。」と一言。
あの跡部が。あたしを。損得勘定なしで。手伝うと・・・!!
今まで生きてきた中でこれほど衝撃的だったことないですよ!?
15年間生きてきて最大のサプライズですよ!!
開いた口が塞がらない状態のあたしは、跡部の顔を見た。

・・・ナンデスカコノヤサシイメハ。

いつもは酷い暴言を吐いているのに、今あたしを見つめてる跡部の目は思いっきり哀れみを含んでいて。
同情とか、哀憐とか、何かそんな哀れみを示す日本語がグルグルあたしの脳内をまわってるんですけど、跡部さんどういうことですか?
跡部が手伝ってくれると分かって何かの罠かなと思いつつも嬉しかったりしたんだけど、何だろうこの釈然としない気持ちは。

跡部は跡部でそんなあたしの微妙な心境をよみとったかのようです。
多分これがインサイトってやつです。
「お前もようやく人の心が分かるよになったんだな。」的な目がムカつきます。
えぇ、地味にカチンときますが辛抱です。ひたすら我慢です・・・!!

あ、ちなみにジロちゃんは既に熟睡。







「そうと決まったらちゃっちゃと始めようや。」

「早く終わらせたいしな。」





















「汚っ・・・!!」


あたし達の目の前に広がるのは「夏だ、プールだ、サマーランドだ☆」的な爽やかさとは一切かけ離れた、何かドロドロした液体と固体の中間地点系の青緑色したモノたち。(形容長)


「・・・何か微生物の聖地だよね。」

「気持ち悪いこと言うなや。」

「えー?だってクラミドモナスとかウヨウヨしてそうじゃん?

「何でお前はいちいちマニアックなんだよ・・・!!」

「中学生女子が身につけとる微生物の知識ちゃうわ。」

「う、煩いわよ!!ここはあたしの学習能力の高さを尊敬する場面でしょ!?」

「何か気持ちわりーよお前。」

「黙らっしゃい宍戸!!いいよ、もう始めよ?」


あたし達が何の意味もない口論を繰り広げている間に、チョタと日吉は倉庫からバケツやらモップやら、必要なものを運び出してくれていた。
本当に先輩と違ってよく出来た2年生ですこと!!




ドスン、ベチャ

いやーな音がして、プールを覗いてみると案の定岳人が藻に足を取られてこけていた。
・・・君の命は無駄にはしません。


「汚れるのやだなー・・・。」

「何言ってんだよ。てめぇは誰よりも働けよ。」

「・・・あたしの心の声を盗み聞きしないでよ跡部!!」

「駄々漏れだ馬鹿。いいからさっさと奉仕してこいよ。」

「・・・あんたが奉仕って言うと妙に淫靡な響きに聞こえ・・・。」


と。あたしが言いかけているのに。
この男あたしをプールに突き飛ばしやがりました。


「わわわわ、ちょちょっと、滑るー!!!」


ベチャ

「激ダサだな。」

遊んどらんとさっさと掃除せぇや!!」


ズサッと藻に頭からスライディングした感じになったあたしは、全身藻まみれになっております。
顔に付いた藻をはらいながらあたしは今にも笑いころげそうな跡部に文句を言うべく立ちあがった。


「ちょっと跡部!!何なのよ一体!!」

「全身緑に包まれて1人で楽しそうだなお前は。何だ、そんな緑と触れ合いたかったのかお前?」

「誰の所為だと思ってんのよ!!」

「俺はお前を押しただけだ。てめぇが勝手にスライディングしてったんだろ。ったく、本当に体張んのが好きだなお前。」

「ちょっと降りてきなさいよ!!あんたに見下ろされて罵られてると憎さ倍増なのよ!!」

「身分の違いだ。」

「何を!?誰が平民だって!?あたしより宍戸の方が凡人オーラ漂ってんじゃないのよ!!」

「てめぇらの争いに勝手に俺を巻き込むんじゃねーよ!!つーか誰が凡人だ、喧嘩売ってんのか!!」

「覚えてなさい跡部!?いつかあたしの美貌に目がくらんだ大富豪に求婚されて、玉の輿になってやるんだから!!」

「いつまでそんな幻想抱いてんだよ。緑だらけの現実を見ろ。」

「だから緑だらけなのはあんたの所為だって言ってんでしょ!?詫びの1つもないわけ!?」

「何でお前に詫びなきゃいけねーんだよ。俺のプライドが許さねぇ。」

「何ですって!!??あんたは所詮くだらないプライドに縛られて一生を損しながら過ごせばいいのよこの金持ちめ!!」

「てめぇのツボワムシ程度のプライドよりマシだけどな。」

「誰が0.15mmだー!!!」

「煩ぇからいちいち大声上げんじゃねーよ!!つくづく有害な生き方しか出来ねぇ女だな!!」

「あたしの可憐な性格が有害ってこと?まぁ世界中の男を誘惑できるって点では有害かもね。フフン。」

「てめぇいい加減にしろよ?」

「こっちの台詞ですよ?」


メンチをきりあうこと20秒。


「まぁ?金持ちで世間知らずな跡部様がこんな汚い場所におりてこられる筈ないわよね?せいぜいそこで吠えてるがいいわ。オーホッホッホッ!!」


高笑いをするあたし。そして、跡部の額に浮かぶ青筋。
よし、単純なこの男の性格なら・・・。


「ちょっとそこで待ってろ。」


何かを決心したのか、プールにおりてくる跡部。
ここまでは想定の範囲内です。いいぞいいぞ。


「おい、てめぇあんま調子に乗ってると・・・。」


カラン

「・・・何の真似だ?」

「ここは掃除途中のプールの中だし?殴り合いは決していい方法じゃないと思うのよねー。」

「何が言いてぇんだよ。」

「このセンターラインからこっちがあたし、そっちが跡部ね?」

「だから何の話だ。」

「プール掃除の話に決まってんじゃない!!」

「は?」

「だーかーら。こんなとこでもめても藻に足すくわれてお互いコケるだけでしょ?
天下の跡部様が藻色に染まってる写真をバラまかれたらどうなるかしらねー?って言ってんの。」

「・・・てめぇ。」

「だから、掃除して綺麗になったトコなら何の遠慮も無く殴りかかれるわけよ。リング作りといきましょう。」

「誰がそんなふざけた真似するかよ。」


早くもモップを投げ出して、再びプールサイドに上がろうとする跡部に向かってあたしは言葉を繋げた。


「あ、逃げるんだ。勝てない勝負に挑まないっていうのも得策かもね?負け犬のレッテル貼られるだけでしょうけどー。」

「・・・。」

「・・・何よ。」

「その言葉よーく覚えてろよ?でかい口叩いたこと後悔させてやる。骨の数が変わった後後悔しても遅いぞ?」


そう言うが早いか、跡部は再びモップを手にして自分の領地をシャコシャコやりはじめた。


・・・こんなに物事がうまく進んでいいのでしょうか?
いつもロクな目にあってないせいで、物事が順調に進むと今後の展開が不安になってしまうのは悪いことですよね。
・・・前はあたしもっと素直な良い子だったのに。














そんなこんなで、上手く跡部を掃除させることに成功したあたしは、もちろん自分の領地を頑張って掃除しましたよ?
皆もフザけながらも特に大きな事件はなく、気付けばプールは本来の水色の壁を取り戻していて。
数時間前の光景が嘘のように、太陽を反射していて少し眩しい。


「水いくでー。」


ジャバジャバと豪快に音を立ててプールに水が入り始めた。
冷たい水はとっても気持ちよくて。小さな幸せをかみ締めていたあたしは、跡部に声をかけられた。


「おい。」

「んー?」

「何てめぇは呑気な声出してんだよ。」


ガッとふくらはぎに一発鋭いのが入りました。


「痛っ!!何すんのよ跡部!!」

「あーん?言っただろ、お前の骨の数変えてやるって。」

「・・・!!」


すすすすすっかり忘れてましたよあたし。
そうですね、あたしその場の勢いだけで跡部に喧嘩ふっかけましたよね!!
馬鹿とか言わないでください。
無事仕事をやりとげて爽やかな気持ちになっていたらそんなドス黒いことを忘れていたんです・・・!!


「あ、跡部・・・?」

「何だよ。こっちはストレスたまってんだよ。」

「落ち着こう?はい、深呼吸しよ?ドードー。」

「・・・てめぇ随分と好戦的じゃねーか。さっきので戦いの火蓋が落とされたと思っていいんだな?」

「いやぁぁぁ!!!」



その後のことは出来れば思い出したくありません。
今度からはもっと後のことも考えて生きていこうとそう胸に誓った夏のある日。













夏ということでずっとやりたかったプール掃除。
名前変換は忍足と監督ぐらいしか呼んでないという・・・ね。