今日は珍しく朝練開始40分前に登校です。
いつもは1分前とか3分後とか10分後に到着するのにねー。
絶対1番ノリだあたし!!
何か日増しにマネージャーらしくなっていってるようで自分でも困惑気味です。

跡部驚くだろうなー。
まぁあいつがあたしを素直に誉めるとは思えないから、暴言はかれても笑顔でいてやろう。
勝者の余裕ってやつですか?


・・・まぁ勝者も何も、徹夜でゲームやってたら外が白みかかってきて現実とゲームの世界の区別がつかなくなってきたから慌てて家を飛び出したみたいなそういうオチがあったりするんですけどね!!
こんな女子中学生って色々とどうなんだろうか。


ほくそ笑んだり顔に縦線いれたりと、せわしなく百面相をしながら部室の扉に鍵を差し込もうとすると、扉は既に開いていた。


「おかしいな・・・昨日跡部が閉め忘れたのかな?」


それはそれで色々と美味しいネタだと思いつつ扉を開けると、そこには人の姿があった。





































じゃねーか!!!」

「・・・何でそんな驚いてんの宍戸。」

「だってお前常に遅刻ギリギリじゃねーか。何かあったのか!?」

「まぁ氷帝学園男子テニス部が誇る有能マネとしては、40分前行動は当たり前かなって。テヘ☆

「・・・信じらんねぇ。」


突っ込めよ。

何この男!?
いつもは「別にボケてないから!!」みたいなところでも惜しげもなく突っ込みいれてくるのに!!
ああ、甘いと。 その程度のボケで突っ込みもらえるというこの考えがべっこう飴のように甘いと。
そう暗示なさっているのですかこの男は。
・・・伊達に氷帝レギュラーやってないわね。


「お前まさかとは思うけど、徹夜でゲームやってたとかそういうことか?」


宍戸のくせに鋭い。


「な、何血迷ったこと口走ってんのよ宍戸。」

「そうだよな。いくら何でもな。悪ぃ。」

「・・・良心が痛む。」

「は?」

「何でもない。ていうかさ、宍戸っていつもこんなに早かったっけ?」

「いつもはギリギリだけどよ。昨日プロの試合のビデオ見たからどうもテンションあがっちまってよ。」

「あー分かる。そういうことってあるよね。」


他のモノに影響されて、自分もやりたくなるみたいなそういうやつだよね、きっと。
多分あれだ。
ソーセージ見てたら自分の腸の具合が心配になるとかそういうやつだ。
間違ってないはず、うん。 まぁどうでもいいけど。



「だろ?あのサーブ激速かったぜ!!」

「チョタのサーブを日頃受けててもやっぱりプロは違う?」

「当たり前だろーが。長太郎のサーブは中学級じゃ圧倒的に速いけど、やっぱサーブを売りにしてるプロには敵わねーぜ。」

「そっかー。あれより速いサーブってどんな世界なんだろね。」

「あんな速いサーブ打ってみたいとも思うけど、俺は返したい。」

「レシーブってこと?」

「おう。受けてこそあの速さが体感できんだろ?俺はそれをくらいついてでも返してぇ。」

「くらいつくって・・・どんくらいスピード出てんの?」

「時速250kmくらいじゃねーの?」

「1時間に250km歩くボールか・・・。想像できる?とんだ働き者ってことしか分からないんだけど。」

「・・・ピンとこねぇな。」

「250kmって東京からどこまでいけるかな?」

「知るかよ。」

得意科目地理だって豪語してたくせに!!

「関係ねーだろ!!お前だって分かんねぇんだろ!?」

「あたし元々地理得意じゃないし。」

「あぁ悪ぃ。お前得意科目なかったな。

「・・・どんな時にも喧嘩売るのを忘れないのは誉めてやろう。」

「何で上から目線なんだよ。」

「誉めてつかわそうのほうが良かった?」

「くだらねーんだよ!!」

「いいよ。今のあたしは普段の3割増しくらいで温厚だから。暴言とか全然気にしないから。菩薩的な存在だから。」

仏教信者に土下座して謝れ。

「だーかーら!!気にしないって言ってるでしょ?」

「お前の1ミリもない温厚さが3割増になったとこで、何の代わりもねーだろ。」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ハゲてしまえ。」

「おい!!てめぇ今激失礼なこと言っただろ!!」

「幻聴?疲れてるんじゃない?」

「今確かに『ハゲろ。』って言っただろーが!!」

「常に帽子被ってるから将来の自分の髪が心配になるのは分かるけど、責任転嫁はどうかと思うよ?」

「責任転嫁はどっちだ!!」

「宍戸、よく考えてみなよ。ウチは『責任転嫁が特技だ。』とか自信満々に言い張るようなのばっかりだよ?」

「お前が筆頭だろーが!!」

「筆頭も何も、全員が同じレベルで責任のなすりつけあいしてるじゃない!!」

「・・・・・・言い返せねぇのが痛いよな。」

「まぁね。」


「・・・お前さ、さっきプロのサーブがどんな速さか俺に聞いたけど、プロの試合とか見たことねーのかよ。」


自分で言っていて嫌になったのか、宍戸が半ば強引に話題を戻す。


「うーん・・・ないね。」

「まじかよ!?お前仮にもマネの端くれじゃねーか!!」

「だってプロの試合ってそう見る機会なくない?」

「そうでもねーだろ。大きい大会はテレビでもよくやってるぜ?」

「そうなの?」

「おまっ・・・力仕事と雑用だけがマネじゃねーんだぞ?

「・・・そこばっか強要するお前らには言われたくない。」

「無駄に雄々しいもんなお前。」

「謝れ。雄々しいの対義語を全身で表してるあたしに誠意をもって謝れ!!」

「お前は自分の雄々しさをいい加減認めたほうがいいと思うぜ。」

「煩いよ!!あたしが『何かあたしマネージャーみたいな話してる・・・!!』とか地味に感動してたのに、何でそれを尽く撃ち砕くの!?」

「だから何で俺のせいなんだよ!!」

「でもあたしマネっぽくなかった?」

「まぁな。とまともに会話ができるとは思わなかったぜ。」

「どういう意味?」

「お前頑張れば人と会話が成り立つじゃねーかよ!!俺感激したぜ!!」

「いつも会話成り立ってますが?」

「つくづくおめでたい女だな。」

「ありがとう?」

「馬鹿にされてることも分かんねぇのか。」

「宍戸と違って心に余裕があるから、喧嘩売られても暴言ごと包み込むよ。」

「お前いっぺんどうにかなってこい。」

「包み込まれたいの?」


あたしがそう言った瞬間激しく顔を強張らせる宍戸。
こいつは「相手に失礼」とかいう意識が著しく欠如してると思う。
自分の感情に悪い意味で素直すぎるのよ宍戸めー!!!


「・・・悪ぃ。」

「謝った推移を追求したいんだけどいいかな?」

「ま、まぁとにかくよ。お前はプロの試合を見ろって話だ。」

「そんな話してないよね!?あんた強引すぎんのよ!!どうせならもっと滑らかに話はぐらかしなさいよ!!」

「間違ってねーからいいだろ!!」

「間違って・・・あれ?間違って・・・ない?間違ってないの?」

「そういう話してただろ。お前激頭悪いな。俺んちにあるプロテニスのビデオとかDVDとか貸してやるから見ろ。そんで跡部に感想言ってみろよ。あいつ驚k「ちょっと待って。」

「は?何だよ。」

「もう1回言って?」


さっきの宍戸の話で感じた違和感。
まさか・・・ね。そんなはずないよ・・・ね。とか思いつつも、心配だから念のため再確認してみる。
だってまさか宍戸の口からあんな単語が・・・うん、ありえない。


が激頭悪い?」

「うっさい。その後。」

「ビデオとかDVDとか貸す?」

「そこ!!」

「何だよ。おかしなこと言ってねーだろ。」

「ビデオと何?」

「DVDだろ!!何なんだよお前!!」

「宍戸が・・・宍戸がDVD持ってるなんて・・・!!


宍戸の手が宙を舞いあたしの頭を思いっきり捕らえる。
ゴツ、と鈍い音。


「痛っ!!ちょ、何すんのよ!!」

「どういう意味だよ!!」

「そのまんまの意味よ!!だって宍戸ってみるからに機械オンチじゃん!!DVDとか高尚なオーディオ機器が扱えないことくらい知ってるし、あたしの前で何の見栄張る必要があるの!?」

「見栄なんか張ってねーよ!!」

「じゃあDVDが何の略だか言える!?」

「・・・お、おう。」

「言ってみてよ。」

「DVDだろ?そのー・・・ドメスティックバイオレンス・・・D・・・D・・・ダ、ダイアリー・・・?・・・ドメスティックバイオレンスダイアリーとかそういうやつだろ?

「・・・!!」


何言い出すんだろうかこの男は・・・!!い、今、DVDがドメスティックバイオレンスダイアリーとか言いましたか!?
これボケ!?ボケだよね!?いくら宍戸でも素でこんなこと言い出さないよね!?
宍戸って何て恐ろしいんだろう・・・!!師匠ー!!とんだ伏兵がここにいるよー!!
ていうかボケられたからにはあたしは突っ込まないといけないんだよね?


「せめてデジタルはいれようよ!!」・・・違うな。

「ドメスティックバイオレンスってあんたの思考回路どうなってんのよ!!」・・・しっくりこない。

「家庭内暴力日記って何よその《鬼嫁日記》みたいなノリ!!読みたいわよ!!」・・・いや、読みたくないし。

「いっぺん脳みそ解剖させて!!」・・・これはいつでも使える返し手だし。



難しい・・・!!!


「おい、お前のその顔ムカつくんだよ!!ジョ、ジョークに決まってんだろ!?」

「宍戸・・・。」

「な、何だよ。跡部とか忍足とかに言う気だろお前!!激ダサだぜ!!ジョークを真に受けちゃってよ!!」

「ごめん。うまい返し手が見つからない・・・!!」

「そんなん求めてねーよ!!」

「あんな返答頭の隅にも無かった。正解言うとは思わなかったけど、せいぜいデジタルビクトリーディスクとかそういうレベルのボケだと思ってた・・・!! あたし宍戸のこと甘くみすぎてたよ。本当ごめん。」

「本気で頭下げてんじゃねーよ!!」

「このボケは無駄にしないわ。皆にも知ってもらおう?これはあたしが1人で背負い込むには重すぎる。」

「ちょ、待て!!お前やっぱ言うつもりなんじゃねーか!!」

「言うに決まってるじゃないのよ!!皆大爆笑してくれるよ?あー、でも跡部あたりは本気で呆れそうだけどね。」

「言うなよ!?絶対言うなよ!?」

「諦めが悪いよ宍戸。」

「お前が珍しく早く起きてマネっぽいこと言ったからこういう非常事態になったんだよ!!」

「はぁ!?あたしのせい!?」

「他に何があんだよ!!」

「100%宍戸の無知のせいじゃん!!何でそうやって責任擦り付けようとすんの!?」

「お前が普段やりもしないことするから災いが起こったんだろーが!!」

「いやー早起きは三文の得って本当だね!!ありがとう宍戸!!自らネタになってくれるとは美味しい生き様だね!!」

「あー、本気でお前黙れ!!」


ガチャ


「先輩達朝から何騒いでるんですか。迷惑ですよ。あと先輩。何でいるんですか。

「1人捕獲・・・!!」

「は?」

「おい、ちょ、お前やめろよ!!」

「何ですか。先輩達のいざこざに俺を巻き込まないでください。」

「日吉、あのね?宍戸ってDVDを!!!」


宍戸の悲痛な叫び声が朝の部室に響く。
これから笑い者にされることと相手に口を滑らせた己の軽率さを悔しがりながら、宍戸はとりあえずを止めようと必死である。

宍戸亮、中学3年生。最悪な1日はまだ始まったばかり。