「、また赤点を取ったそうだな」
昼下がり。
お弁当を持って押し掛けた柳くんの教室。
・・・無視しよう
「お弁当食べよ!今日体育あったからお腹ペコペコなんだー」
笑顔を振りまきながら、柳くんの隣の席に腰をおろしてお弁当の包みを広げる。
今日はあたしの大好きなアスパラの肉巻きです!
いい香りが漂ってます!
お母さんありがとう!
「何故だ」
相変わらず表情をかえることなく、あたしの目を真っ直ぐ見つめて問い詰めてくる柳くん。
ちくしょうかっこいい・・・!
「え?どうして体育があったのかって?そんなの担任に聞かないとわからないよー」
目を反らしてウフフフと笑ってみる。
ええ分かってます。
往生際が悪いことはあたしが1番分かってます。
でも負けるわけにはいかないんです。
勝ち続けるのが乙女の宿命だから・・・!
「、」
諭すような、そんな声色であたしを呼ぶのは本当にずるい。
そういえば以前こういうことがあったときに
「諫めるように言わなくていいってば!」
と反抗心を見せたら、無表情のままで
「諫めるという単語は目上の人に使うものだ。この場合は諭すが正しいな」
と言われた経験があります。
その日の夜「諭す」を辞書で引いたら「目下の者に言って聞かせる」とあって釈然としない気持ちになったことは忘れません。
間違ってはない。
決して間違ってはないけども、やっぱりちょっと心にくるものがあるじゃないか・・・!
とりあえずジャパニーズソウルを秘める大和撫子は殿方を立てるので、今「諭す」を使った次第であります。
柳くんがあたしの細やかな成長に気付きますよーに!
さて、
「・・・どこから仕入れたのその情報」
観念したあたしが渋々柳くんに問いかける。
いやもう本当かっこいいよ柳くん!
そりゃ諦めるよ!
意地はっててもしょうがないじゃんか!
世の中に確かなものなんて何もないとか言うけども、今この瞬間柳くんが異常なほどかっこいいことは間違いないよ!
これぞ世界の真理!
「ブン太だ」
「・・・ああ、だろうね」
予想はついてたけどやっぱりあの食欲お化けか・・・!!
あいつはあたしの恥態を柳くんに告げ口して、何を狙ってるんだろう。
破局か。破局を狙ってるのか。
嫌ですよ!絶対別れませんよ!
ひょっとしてあいつは柳くんと別れて傷心なあたしを慰めて後釜を狙うつもりじゃ・・・!
「・・・残念だけど丸井くんとは付き合えないって伝えといて。あたしには柳くんがいるし」
「・・・筋道を立てて話せと何度言ったら分かるんだ」
いつもの、あの表情で、柳くんがうんざりしたように言葉を吐く。
いい加減見慣れましたよその表情。
見飽きないくらいかっこいいけどね!
「あたしなりに考えた結論です」
「間違ったことを言い張るな、と何度も言っているだろう」
「間違いかどうかなんて分かんないでしょ!?丸井くんの気持ちは丸井くんにしか分かんないじゃん!」
「お前がそれを言うな。で、何故赤点を取ったんだ」
「・・・」
忘れてなかったみたい。
このままうやむやになって、ついでに柳くんが丸井くんに嫉妬してくれたら良かったのに・・・!
「あ、柳くん嫉妬してる?」
「誰が嫉妬などするか」
みたいなさー!
嫉妬してないとか言いながら顔を赤らめる柳くんとかたまらない!
「日曜の映画は中止だな」
「え!?ちょ、それは関係ないでしょ!?困る!それは困る!誠に遺憾であります!!!」
あたしが言葉に詰まっていると、柳くんはとんでもないことを言ってきた。
涼しい顔で何を言い出すんだこいつは・・・!
「追試の勉強をする必要があるだろう」
「やだよ!久しぶりのデートじゃん!」
「男なら女の成長を妨げるような愛し方はするな、というだろう」
「どこの宗方仁に影響されたの!」
「お前が部室に置いていったんだろう」
そういえばありましたねそんなことも。
テニス部だってのに誰ひとりとしてエースをねらえ!を読んだことないとかふざけたこと言うから、あたしの家にある単行本を寄付しましたねそういえば!
家には愛蔵版があるから問題ないし。
真田くんとか露骨に嫌そうな顔してたから誰も読んでないと思ったのに、柳くんって実は優しいよね!
「柳くんはどこで泣いた?あたし的には「今はお前とそんな話をする気はない」
「えーいいじゃん!お弁当食べながらエースを狙え談義とか青春じゃん!」
甘い卵焼きを口に放り込みながらそう言うと、清々しいまでに無視される。
無視はやめてっていつも言ってるのに!
「・・・デートはどうしても中止?」
「お前が卒業したくないというなら話は別だがな」
「卒業はしたいよー。柳くんと高校の制服着て歩くのが夢だもん」
「その夢を叶えたいなら勉強するんだな」
「柳くんも高校の制服着たちょっと大人なあたしと歩きたい!?」
「興味がない」
「・・・いくらあたしでも傷つくよ?」
無表情で暴言を吐かれたことに若干反抗してみるも、柳くんはしれっとした顔で器用に鮭をほぐしていた。
箸使いが綺麗で惚れ直しますがそんなこと言ってやらないんだから!
細やかな仕返しなんだから!
しばらく無言でお弁当を食べる。
こんなはずじゃなかったのになあ・・・ふと思う。
確かに、赤点を取ったあたしが悪い。
柳くんはあまりにも勉強を軽んじてるあたしを暗に注意してるのかもしれない。
でもこっちだって好きで赤点取ってるわけじゃないしさー!
最近何かと忙しくてやっとこぎつけたデートを数学ごときに台無しにされたくないんだよ!
でも柳くんはあたしに追試の勉強させる気でいっぱいだし。
それに今余計なこと言ったら、当分口聞いてもらえない気がする。
何となく、何となくだけどそんな気でいっぱいです。
あああああどうしたらいいんだ!!!
「勉強するよ・・・」
観念して、あたしは重い口を開いた。
しょうがないじゃん!
だって柳くん結構本気で怒ってるんだもん!
実質これ以外の選択肢は残ってないんだよ!
「1時に図書館でいいか?」
「え?」
予想外の言葉に、箸から小松菜がこぼれる。
今、何と・・・?
「勉強するんだろ?」
「教えてくれるの!?」
「お前が1人で家にいて勉強するとは思えない。
それならわざわざ約束を反古にした意味がなくなるだろう」
「柳くん・・・!」
よくわからない言葉があったけど、嬉しすぎてそんなのどうでもいい!
こういう滅多にない優しさがあるから柳くんをどんどん好きになるんだよ!
本当ずるいよこの男!
嬉しくて嬉しくて、本当に嬉しくて。
勢いで柳くんに抱きつこうとすると、眉一つ動かさず箸を持ちながら足で牽制された。
・・・ちょっとそれはいかがなものかと思います。
あー週末が楽しみ!!!
「あのー、柳くん・・・?」
「ここの変数が問題なのか」
「柳くんってばー」
「お前は少し黙ってろ。飴をやろう」
こちらに視線もくれず、ノートとにらみ合いながら黒飴を差し出してくる柳くん。
・・・何だろうこの虚無感。
とりあえずもらった飴を口の中で転がしながら、真剣な柳くんを横目で見つつ、何でこんな摩訶不思議な状態に陥っているのか考えてみることにした。
図書館で勉強を始める。
一向に理解できないあたし。
丁寧に教えてくれる柳くん。
やっぱり理解できないあたし。
とりあえず演習問題を解いてみる。
現れる、予想外の答え。
静かな怒りを発動する柳くん。
それでも現れる、予想外の答え。
感情が「怒り」から「疑問」に変化する柳くん。
計算用紙を見せろと言われる。
しぶしぶ差し出す。
どうしてこんな答えになったのかを、推察しだす柳くん。
話しかけるあたし。
無視する柳くん。
話しかけるあたし。
黒飴をくれる柳くん。
・・・うん。
どう控えめに見てもおかしいぞこの状況。
眉間に皺をよせながら難しい計算をしている柳くんを眺めながら、あたしはいつの間にか夢の世界に落ちていった。
追試・・・きっと赤点だな、なんてことをぼんやり考えながら。