どうやってあの大魔王みたいな人に書類を渡せばいいんだろうか。
部員の誰かが呼んでくれればいいのに、誰もそんなことしてくれる気配はないしなー・・・。
この薄情者!!と思ってしまうあたしは間違ってるんでしょうか。ねぇ、間違ってるんでしょうか。
見知らぬ土地にやってきた美少女が魔王の前で右往左往してたら、その美少女を護る騎士達は身を挺すのが鉄則だと思うんだ。
それなのに何で皆さんは「頑張れ。俺は関わりたくない。」というような目であたしを見てらっしゃるのでしょうか。
あれー?フラグがたたないぞー?


「・・・あたしの八葉はどこ?天朱雀の声がするのはあたしの幻聴なの?

「八葉?何ですかそれは?」

「くだらんこと言っとらんでさっさと仲裁行ったほうがいいぜよ。赤也とブン太が死人みたいになっとる。」


あたしがボソッと呟いた言葉に反応してくれる、優しいのか優しくないのかよく分からない2人組。
そんなこと言ってほしいんじゃないよ!!突っ込み待ちなんてしてないよ!!
いいからさっさとお前らの部長を呼べー!!!








What a Tired Day 2


















・・・こう叫べたら苦労しないんだけどね。
無理だとは分かっていても、一縷の望みを託してあたしは言葉を発する。


「あのー・・・初対面で失礼かもしれませんが、他校からやってきた一介のマネージャーに対して試練を与えすぎると思うのですが。」

「うむ、他所からの使者ならともかく、お前はあの氷帝のマネージャーだからな。」

「ちょっと待って。『あの』ってどういう意味!?」

「そういう意味だ。氷帝のマネともなれば、こんな事態を収拾させることは朝飯前だろう。」


これは氷帝の技量を試されてるんだろうか。
「あの」の意味が未だに掴めませんが、何か試されてることは間違いないと思っていい。
あたしの行動で氷帝の根性が問われるんなら、ここで退くわけにはいかない。
今はあたしが氷帝男子テニス部の顔なんだ。

超絶不機嫌な跡部に、背後から渾身のドロップキックをかます・・・。
デンジャラスなことを考えてとりあえず現実逃避をしてみる。

・・・・・・・・・ああ・・・何か大丈夫な気がしてきた。
今ならいける。あたしはいける。みんな、オラに力を。

あたしはスゥと大きく息を吸い込んで、目の前の地獄画図に飛び込んだ。













「あ、あのー、お話中すいません。」

「何?」

「部長さんですよね?」


戦々恐々としながら、部長さんに話しかける。
折檻に限りなく近いお説教が一段落ついたところで近付こうと考えてたのになかなか終わる気配がないから、勢いに任せて突撃したのがお気に召されなかったのか、怪訝な顔であたしを一瞥すると口を開いた。


「君は氷帝のマネージャー?」

「そうだ幸村。
氷帝学園中等部3年。あの跡部に醤油をぶちまけ、マネージャーとなった。そうだろ?」


今、何と?

ぽかーんと開いた口が塞がらない状態のあたし。
そんなあたしを尻目に涼しげな顔をしたこの人は、怪しさ100%なノートを見ながらスラスラと超個人情報を読みあげる。


「な、な、な・・・!!」


あまりの驚きに声が声にならない。
今季ベスト3にランクインしそうな間抜け面を晒してます。


「何なら身長や体重も言いあてられるが?まぁ多少の増減もあるだろうがな。」


拝啓、お袋さん。
あなたの可愛い娘さんはいつの間にかストーカー被害にあっておりました。
魅力的すぎるって罪ですね。
とりあえず目の前の乙女の敵を殴りたいと思うので、どなたか鈍器を持ってきてください。

紛れもないストーカーなわけですが、一応弁論の余地を与えてあげようと思い、勇気を出して「ストーカー・・・?」と聞いてみたら盛大に眉を顰められ、「何故俺がお前をストーカーする必要がある。」と言われました。 何この屈辱感。


「柳先輩って敵校のマネージャーのデータまで取ってるんスね・・・。」

「当然だ。特に氷帝はウチ同様今までマネージャーを取っていなかったから興味があってな。」

「やっぱりストーカーじゃん!!」

「勘違いするなよ。俺はお前個人に興味があったわけではなく、氷帝のマネージャーに興味があっただけだ。」

「・・・ツンデレ?」

「もう1回言ってみろ。」


開 眼 。






「ご、ご、ごめんなさい!!」


恐ろしい。今ので多分寿命縮まった。
あれは一種の魔術なのでしょうか。 開かれた目から殺気というか覇気というかとりあえず酷く恐ろしいモノが見えました。
あれ3秒見続けたら石にされるんだよ!!それであたしの存在とか無かったことにされちゃうんだ!!
ママン、あたし危うく死ぬとこだったよ。 魔術という酷く幻想的な産物によって殺されかけました。
ていうか何であたし被害者なのに加害者に謝罪してるんだろう。
さっきの発言は100人中100人がツンデレ?って突っ込むところなのに。
こんなでかい図体でツンデレでも可愛くないよなぁ・・・。


「また何か失礼なことを考えているな。」

「つーかお前、初対面で柳に喧嘩売るって度胸あるな!!」

「・・・あたしは喧嘩を売るなんて行為したことありませんが。」

「あれで喧嘩売ってないつもりなんかお前さん。」

「ねえ、俺はいつまで待てばいいのかな?」


会話に笑顔で割り込んできたのは、さきほどどす黒いオーラをふりかざしていた部長さん。
・・・怒ってらっしゃる!!


「こ、この書類受け取ってください。」


恐る恐る差し出すと、部長さんは普通に受け取ってくれた。
ジャージが風になびき素敵ですね!!
こんな貫禄のある中学生男子をあたしは見たことがありません。


「ここに判子を押せばいいの?」

「あーそうです。お願いします。」

「ちょっと待ってて。」


部長さんは微笑むと、部室と思われる建物に入って入った。
もうちょっとで帰れる・・・!!
長居は危険だと、あたしの第六感がさっきから告げてるんですよ。 無駄にことを長引かせると、確実に害を被るのはあたしです。
だってキャラ濃い人の集まりなんだもん・・・!!
何だよ!!テニス部は全国津々浦々濃い人だけで構成されてるっていうの!?
もっと慎めよ!!おとなしく行こうよ!!


「さっきはありがとな。」


部長さんがいなくなると、赤髪の少年があたしに声をかけてきた。
やたらと友好的なのは罠でしょうか。マネージャーになってからというもの、素直さが順調に崩壊していっております。


「いや、元はと言えばあたしのせいだしさ。」

「そうっスね。」
「そうだな。」



こっちが下手に出ればいい気になりやがって・・・!!
ていうか貴様らさっきまで死にそうな顔してませんでしたか。そこのところどうなんですか。
絶対怒られ慣れてるよこの2人。
例のツンデレストーカーさんにそれとなく伝えたほうがいいのかなー。 「より厳しい処罰を要求する!」みたいな。
まぁあたしには関係ないんだけどさ。


といったか?」


さきほど副部長と呼ばれていた黒帽子の人が唐突に口を開く。
最初この人が中3だとは思わなくて露骨な態度を取ってしまったのは反省しようと思う。


「・・・そうですよー。あたしが氷帝テニス部有能マネージャーのですよ。みんなからは親しみをこめてスピカと呼ばれてます。」


好感度高めな自己紹介をしようと思って行きの電車でいろんなパターンを考えてたのに、名前を知られちゃってたら何の意味もないじゃないですか。
あたしの努力を返せ!!他校にマネージャーの名前が知られてるだなんて誰が考えるかっつーの!!

やるせない想いが溢れ出るので、ちょっと不貞腐れながらも返答する。
脚色は忘れませんが。・・・いいじゃない!!たまには夢見させてよ!!


「スピカって何スか?」

「恐竜とかじゃね?」


分かった!という顔でとんでもないことを言いやがった赤髪の彼に暴力を振るわなかったあたしを誰か誉めてください。
他校に来て、初対面の人にそんなアグレッシブなことをするほど落ちぶれていませんよ。
あたしは心が広いから、寛容な態度で接しなきゃいけないんだよ、うん。

・・・絶対忘れねぇ。


「スピカ、乙女座の一等星のことだ。」

「ほうぅ、乙女座ねぇ・・・。」

「胡散臭いものを見るような目であたしを見るのやめてくれない?」

「被害妄想じゃ。」

「楽しそうだね。」


不愉快な絡まれ方をされたせいではりついた笑みを顔に浮かべていると、いつのまにか部室から戻ってきた部長さんが爽やかに会話に混ざってくる。
手渡された書類に印が押されていることをしっかり確認し、あたしはそれを鞄にしまいこんだ。
これでようやく開放される・・・!!


「ありがとうございます。お疲れ様でしたー。」


有能マネージャースマイルで別れを告げ、校門に向けて歩き出そうとした瞬間、ガシと肩を掴まれました。
・・・振り向いたあたしはかつてないほどげんなりした表情だったと思います。


「・・・まだ何か?」

「折角だから練習見て行ったら?」

「は?」

「遠路はるばる来てくれたのに、これで『はい、さよなら』じゃ申し訳ないだろう?」

「いやいや、全然申し訳なくないですよ。快く判子もらえただけであたしは満足です。」


帰りたいという気持ちを全面に推しだしてみる。
余計な気遣いはいらないんですよ。超ノーセンキュー。


「いいからベンチに座って練習見てなよ。」


その笑顔には有無を言わせないものがありまして・・・。
あたしが一瞬怯んだその隙に、部長さんはみんなの方に向き直ると「さんは俺たちの練習を手伝いながら見学したいそうだ。いいだろみんな?」と捏造甚だしいことを言いやがりました。
あたしそんなこと言ってない・・・!!
ていうか何で手伝わせる気満々なんですか貴様。


「うむ、かまわない。」

「氷帝マネの技量を拝見させてもらおうか。」

「楽しみにしてるっスよー!!」


何だこの恐ろしく無理矢理な人たち。
友好的と見せかけて、実はひどく非常識な発言だということに誰も気付いていないんでしょうか。 もしくは気付いた上で、何らかの目的(多分ろくでもない)を持っての発言。・・・後者だな。
とにかくはっきり断らなければ有耶無耶のまま流されてしまう・・・!!


「手伝いたいのは山々だけど、あたしも氷帝でやることがいっぱいあるんです。あー残念!!というわけでさようなら。」

「何で?」

「・・・あたしの話聞いてる?」

「聞いた上での発言だけど?」

「・・・跡部に許可取ってみる。」


どうぞと微笑んだのをしっかり確認して、あたしは鞄から携帯を取り出した。
ここまで来たらこっちのもんだ・・・!!
考えてみてください。あの跡部が、あたしが楽をするのを許すと思いますか?
ふぁーはっはっ!我の掌で踊らされるといいわ皆の衆!!
大体この部長さん返し手が珍妙すぎるんだよ。
跡部とはまた違った方向に傲慢な人間が出現するだなんて予想出来るわけないじゃん!! そんな伏線無かったよ!!
とにかくこのよく分からないけどひたすら絡み難い生命体とお別れしたいです。
跡部の野郎が予想通りな反応してくれますように。
あたしは人指し指に祈りをこめて、通話ボタンを押した。

プルルという電子音が数秒続いたあと、跡部の若干不機嫌な声が聞こえる。


「いちいち電話してくんじゃねーよ。」

「お前は開口1番それか。」

「いいからさっさと用件言え。お前みたいに暇じゃねーんだ。」

「とりあえず口を慎め!!」

「切るぞ。」

「あー嘘うそ!!ごめん、全力でごめん!!あのさー。」


流石に本人のいる前で直球を投げることは出来ないので、こっちを見ている部長さんにニヘラと微笑みかけるとあたしは声を潜めて話を続けた。


「あのさー、立海って頭がおかしい人が多いんだけど、これは全員に突っ込みいれるべき?」

「・・・それが用件か?」

「おまけにさー、練習見ていきなよとか意味分かんないこと言われた。」


手伝えって言われたことは敢えて伝えません。
だってこれ言ったら、あたしが辛い目にあってることが愉快で、残れ!って言われるもん。
そうに決まってる。伊達にこの男と闘ってませんよ。ふふん。


「丁度いい。立海の練習見てけよ。」

「は?」

「練習見学してこいって言ってんだ。データの期待はちっぽけもしてないから安心しろよ。」

「な、何で!?あたしが楽しようとしてんだよ!?それでもいいの!?」

「ウチは今日部活休みだぞ。」

「今何と・・・?」

「雨降ってるから部活休みだ。」

「雨!?そんなの聞いてないよ!!」


予想だにしない跡部の言葉に悲痛な叫び声をあげるあたし。
雨降るなよ!!雨降ったからって休むなよ!!

泣きそうになってるあたしが背後から近付く人影に気付く筈もなく。
抗議してやろうと携帯を強く握り締めたその時、あたしの手からそれはなくなっていた。


「もしもし跡部かい?」


あたしの目の前の人は一体何なんでしょうか。
何度も何度もしつこいようですが、あたし達は初対面です。
そういえば氷帝R陣と出会った時もこんなこと力説してたよなー・・・。
男子硬式庭球部には呪いがかかってるんですか?もしくはあたしに呪いがかかってるんですか?
そうじゃなきゃ通話中の携帯を奪われたという超不思議現象に納得がいきません。


「いいってさん。良かったね。」


あたしが唖然としている間に会話が終わったのか、はいと携帯を手渡しながら部長さんが言った。
慌てて跡部に前言撤回を求めようとするも、既に電話は切れていた。

ハハ・・・ハハハハハハハハh(精神崩壊)
やってやろうじゃないか。データ完璧に取ってきて跡部をギャフンと言わせてやるっつーの!!
覚えてろー。覚えてろー。覚えてろー・・・。













1話からどんだけ間あいてんだよ!と総ツッコミ受けること必至なWhat a Tired Day2話です。
幸村様の暴走を誰かとめてください。 Can’t stop 幸村(笑)