あたしの右手にはクッキー。そして左手には紙。
どうしたもんかと廊下に立ちすくんでいるあたしの横を楽しそうな声を出しながら通っていくクラスの女子たち。
「渡しちゃいなよ!今がチャンスだって!」
「のんちゃんは彼氏いるからいいよねー。」
等々。そんな乙女チックな会話が聞こえてくる。
バレンタインでもないのにあたりが色めき立っているのはあたしの右手にも握られているクッキーのせいなのでありまして。
今日は調理実習でクッキーを作ったんです。
ナッツ入れたりココア味にしてみたり、色々と工夫をこらして中々美味しいものが仕上がりました。
全部自分で食べたいのに、先生から出された課題は「他のクラスの人にあげて感想をもらうこと。」
あたしの左手に紙が握られているのはそういうわけです。
余計なことするなよって話ですよね!
何であたしが一生懸命作ったクッキーを誰かに捧げなきゃならんのですか!
事前に知らせてくれたら梅干とか鯵の干物とか、そういう色々とギリギリなもの混入させて奴らに食べさせることもできたのに!
隣のクラスの友達とかにあげられればいいんだけど、「異性に渡すこと」みたいな雰囲気になってるし忌々しいったらないよ。
「あれ?先輩じゃないですか。」
「・・・長太郎!」
悩んでいるあたしの目の前に長太郎が現れました。
救世主だ・・・!メシアだメシアだ!
そうだよ。長太郎に渡しちゃえばいいんじゃん。
奴らはろくな感想書かないけど、ていうかそれ以前にあんな奴らにあげたくもないけど、長太郎なら!
「何か悩んでるみたいですけど・・・どうかしたんですか?」
「悩んでたけど長太郎が来たからもう大丈夫!ありがとう!」
「・・・よく分からないですけど、お役に立てたなら良かったです。」
困ったように笑いながら「それじゃあ。」と言って去ろうとする長太郎。
そうはさせませんよ。逃がしませんよ絶対・・・!!
「長太郎。これ受け取ってください。」
満面の笑みでクッキーを差し出す。
差し出すっていうか長太郎の左手に半ば無理矢理握らせたんだけどね。
まぁ大して違いはないよ、うん。
「・・・クッキーですか?」
「怪しいものを見るような目で見るのやめてね。」
同じ班の子たちと一緒に作ったから安心だよと付け加えてみる。
ただのクッキーなのになんでそう怪しむかな本当。
しばらく手の上のクッキーを眺めたと思ったら、何かに気付いたような顔をして長太郎が慌てて口を開いた。
「せ、先輩!元気出してください!クッキーを受け取ってもらえなかったから俺にくれたんですよね。何て言ったらいいのか分からないんですけど、とにかく元気出してください!」
「何言い出すのあんた!違うから!!断られてないから!!ていうか渡してないから!!あたしを可哀想な女に仕立て上げるのやめてよもう!!」
「無理しないでください。俺は先輩が誰かを想って作ったこのクッキーを受け取ることはできません。」
「誰のことも想ってねー!!!何でどうしようもないこと捏造するの!受け取ってよ。受け取って感想書いてよ。」
「先輩、俺でよければ愚痴とか聞きます。だから自暴自棄にならないでください。」
「話を聞けー!!!」
ものすごく失礼な解釈をしやがった長太郎に事実を伝えようと頑張るも、暴走した長太郎をとめることは出来ず、挙句の果てに「俺は先輩の味方です。」と微笑まれ、あたしは去っていく長太郎を見送ることしかできませんでした。
ろくでなしばっかだよこの部活!